ピアノレッスンの思い出

3歳のころから、大手の音楽教室のリズム教室なるものに通い、4歳になったらオルガンへ、2年通ってその後当たり前のようにピアノのレッスンに通うようになった。
週に1回、祖母とバスで教室へ。
初めは楽しんで通っていたものの、そもそも面倒くさがり屋の私。
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練習もせずレッスンに行ので、全く進まず・・・。
元来コツコツと言うのが苦手で(要するに飽きっぽい)、そのうち先生から「練習したの?」と叱られるようになり、ピアノ自体が嫌になってしまい5年生で辞めてしまった。
今思うと厳しい家計の中、レッスン代を捻出したくれていた父には申し訳ないことをしたと思う。

 

1年生から5年生まで、どこまで進んだかと言うと、バイエル(下)が途中までという、本当にどれだけサボっていたかという進み具合だった。
でも今になると、もっとまじめにやっておけばよかったと思う。
何故か。

 

実は息子が小2の1月から中3の今までピアノを続けているが、全く練習をしないというのは私と一緒なのに、彼は発表会でソナチネなんかを弾きこなしている。
そんな姿を見ると「継続って大事だな」と思う。
それに、弾けるってやっぱりカッコイイ。

 

大人になって後悔。
もう少し自分にも余裕ができたら、再開してみたいなと思う今日この頃だ。

 

 

 

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